摺本好作 - 群馬県ウッドクラフト作家協会 -
摺本好作
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- 勢多郡赤城村上三原田705-3
- 電話(FAX):0279-56-7851
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- 現在ありません。
私の経歴
- 1936年
- 三重県上野市(現伊賀市)生まれ
- 1955年-

- 東京在住。趣味を生かして模型工作の記事を月刊誌(子供の科学、模型とラジオ、航空ファン、世界の航空機)に連載。
- 自分で企画・設計・制作し、作り方の絵と文と写真をつけて原稿になる。学生生活(日大建築)の兼の下宿生活。
- 1958年

- 日本で初めてのプラモデル(ノーチラス潜水艦)の組立説明図を書く事になったのをきっかけに、玩具の企画・開発に参加。あちこちのメーカーの仕事をかけ持った。
- 1968年
- 趣味でバイクに乗っていたのが縁で、バイクのイラストを描くようになる。
- 1969年
- プラモの説明書の仕事忙しくなり、若いアシスタントが参加。
- 1976年
- 飯田橋(それまで自宅のある練馬)に事務所引越し、(株)コンパス設立。スタッフ6人、日本のプラモデルメーカーの半分(15社)近くの仕事で大忙し。他にペーパークラフトの本製作開始。約20冊出版。模型工作の本も20冊ほど。
- 1980年
- スタッフ10人に。工作教室や博物館の模型展示施工など模型玩具に関連した仕事を掘り下げる。
- 1983年
- 第2次オイルショックでプラモ業界大荒れ。新製品が出なくなり当社解散。1人にもどりバイクのイラストを本格的に開始。
- 1984年
- バイクで海にそって日本一周。
- 1985年
- 日本一周スケッチ集出版
- 僕の乗って来たバイク40台スケッチ集出版。
- 1986年
- 鈴鹿8時間耐久オートバイレースのイラスト集(300枚)出版。
- 1988年
- 日本一周2度目は山の中
- この頃から又、模型作りの血がさわぎ出す。ペーパークラフトを丈夫にしたベニヤ板工作を始める。が米ヒバ材と出会いトリコになる。バイクのイラストレーターの頃JAAA(ジャパンオートモビルアーチストアソシエイション)に所属。毎年グループ展あり。会場六本木のアクシスの責任者から個展の話が起き、3年後を約束。さて何を作ろう・・・?
- 1992年
- そのアクシスで木の自動車1000台を作って個展(まだ途中未完成だったがそれが面白いと)更に車100台を1/40〜1/12の大きさに10種類を作り、サイズに合わせ作りこみを工夫。商品にはならなかったが、気の扱い道具の扱いを学べた。それまでは100Vのミシンがあっただけ。以来商品作りに四苦八苦の毎日。
- 商品作りは趣味で作れない、自動車に飛行機に動物に...あげくに観覧車まで。この観覧車は途中から夢がふくらみ、軸なしで輪(全体)がまわるのがほしくなり試作2年半。
- 2001年
- この軸なし観覧車を東急ハンズの「ハンズ大賞」に応募したところ、選考委員には選ばれなかったが、お客さんの人気投票で一番になり「ピープル賞」を授く。嬉しかったネ。
- 2002年
- もっと大作を作りたかったのと、そろそろ田舎暮らしをしたくなっていた。
- たまたま渋川のバイク仲間を訪ねた(3月)のがきっかけで、9月に引越し。このフットワークの軽さ、まだまだ若い。一年半ほど借家住まい。
- 2003年
- 赤城村(現赤城町)に自宅と工房を建ててついに目的達成。まわりの広さがありがたい。面白い物作り開始。ずっと工作少年でいたいですね。








